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ライター標本5・6

インドネシア帰りのかけ出しフリー編集・ライターのブログ

それを断絶と呼ぶのか - 『叫びと祈り』を読んで

ネタバレがあるので、未読かつ、いかなる内容も知りたくない方はご注意ください。気にする人が感想や書評を読みにくるはずが無いとは思うけど念のため。

『叫びと祈り』梓崎 優著 東京創元社 を読んだ。

昨月、ひょんなことから、とあるミステリ読書会に参加し、ミステリ熱が高まっている今日この頃。ちょうど大阪へ行く用事があり、移動時間に読むために、この気持ちを満たしてくれるであろう本を3冊選んだ。そのうちの一冊が本作。その期待は裏切られることなく、むしろ購買意欲を加速させてくれたので財布はしばらく満たされることはない(満たされてたことがかつて一度でもあっただろうか)。
登場した銃は発砲されなければならない、ではないけれど、用意されたパーツを使い切る姿勢は非常に頼もしい。その安定感と短編ゆえの舞台装置の少なさから、すれたミステリ読みは「ああ、そろそろ終幕だがあれがまだ使われてないな。こうくるのだろう」といった予測をたてやすいのだろうとも思う。

ぼくはまだ無邪気なミステリファンなので、素直に楽しく読めた。しっかり読み返してみると、すこし描写が不自然な叙述トリックがあったけれども、それは些細な話で、読んでいる間にかかっていくドライブ感を邪魔するほどではない。

「このミス何位」などのランキングをフックにこの本を手にとり、ミステリ成分をを期待して読む人にとっては、文学的な表現が若干冗長と感じるかもしれない。そして一般文芸として本書を開いた人にとっては(このような人は少ないとは思うけれど)、ミステリの手法が少し戸惑いの種になるのかもしれない。そのバランスが絶妙だったとは言えないので、逆にその辺のバランスがうまい事とれた場合、今よりもっと多くの読者を巻き込めるのではないかと感じた。一方で、多くの人を巻き込めるくらいの軽い感じになっていってほしいわけでは決してない。

ミステリにおいて死活的に重要な「動機」。ミステリ的な文脈のそれとは異なるパーツを持ち込んだのが今作の最大の特徴であると思う。ぼくはドキュメンタリー映画やノンフィクションが大好きなのだけれど、それらの世界のDNAがミステリ界に突如持ち込まれ、新しい進化を遂げた産物。キメラでありながら、つぎはぎの継ぎ目がわかるような不完全さはなく、DNAが混ざり合って、新しい何かになっている。そんな印象を抱いた。

一方で、その新しさによって驚かされるのは一度目だけということも考えられる。今後の作風や完成度含めて、期待が大きい。


総評はこの辺にして、読み終わった後で最も強く感じたことである、タイトルに記載した言葉について。



本作は、1章から4章までそれぞれ独立した短編が続き、5章を読むことによって連作であるという体裁に帰結するつくりになっている。一貫して登場する主人公である斉木(2章における語り手は違う人物であるが、最重要人物ではあったので)が、様々な土地で異文化との邂逅を経て、種々の断絶が織のように溜まっていき、精神にダメージを負ってしまう。乱暴な要約ではあるが、各章やその他の描写されていない経験が積もり積もった結果、最終章のダメージを負った状態になったと言う話だ。

他者を、異文化を理解したい。もしくは、理解できるはずだという願いや希望が少しずつ打ち砕かれていった。その溜まっていった澱が、ある事象をきっかけに決壊する。ここで感じたのがタイトルの言葉だ。

それを断絶と呼ぶのか。そんなことで打ちひしがれてしまうのは、すこし繊細すぎないか。

斉木は1から4の章で、異邦人としてどこかに参加している。

雑誌の取材で世界を飛び回っているという設定から、どこかの地域に住人として長期滞在していないと考えるのが自然か。
(2章を読んだ限りではイタリアには何年か住んだことになっている?)

いずれにせよ、異文化(必ずしも海外とは限らないが、その場合が多い)に一定期間以上触れた人が感じる事としてよくあるのが、以下の流れ。最初は断絶を感じ、そこから徐々に同じ人間としての共通点を見つけていく事ができるといったフェーズの変化だ。

三年足らずではあるが、自分がインドネシアに住んでいたときの様々な出来事が思い起こされた。

「お祈りするから」といって頻繁に休んだり(人によってはお祈りの部屋で昼寝をしていることが多い)、「家族の具合が悪いから」といい頻繁に会社を休む同僚にいらいらした時期があった。インドネシアで働く日本人あるあるネタの最たるものだ。しかし、家族の面倒を見るために休むことに腹を立てている自分こそが、不自然なのではないかと気づいたり、お祈りの時間に離席することをごく自然にとらえるようになっていく。また、同僚のインドネシア人が、日本人の習慣に歩み寄ってくることもあった。

特定の例を挙げだせばきりがない。異邦人だった自分が、徐々に共通点を見つけながら歩み寄っていく。その生活は、不思議と心地よいものだった。そしてこの後も長く住むことになったとしたら、、歩み寄れたと思っていたところに、大きな断絶を感じて憔悴してしまうということが起こりうるだろう。

その流れの中で行くと、斉木の絶望はあまりにも軽い。異邦人として、様々な種類の断絶を取り込み続ける生活。断絶コレクターとしてはなかなかのキャリアだとは思う。しかし深さが足りない。

絶望の深さで言えば、4章の『叫び』で登場した英国人医師アシュリーの抱いたであろうそれが、今作の描写の中でもっともインパクトが大きい。南米の閉ざされた地に足しげく通い、ファーストタッチで感じたであろう断絶を、様々な方法で乗り越えてきた。そう思っていた中での、過去最大の、文字通り全てを無に帰す出来事が起こる。彼がダメージを負い、5章の斉木のような状態になるとすれば、それは必然と言える。

その彼と比べて、斉木こそが絶望に倒れなければいけないのであれば、そのトリガーになった出来事の描写が死活的に重要だ。しかしそれは極めて断片的にのみしか描かれない。1章から4章まで独立した質の高い作品を並んだが、これを5章でまとめようとして、逆に質を落としてしまったのではないか。非常に残念である。

批判をしたいわけではないが、4章まで読み進める間に思いもよらぬ高揚感を味わってしまったための、最後の章での落胆が大きかった。だんだんと理解が深まって行って、最後に大きく落とされる。はっ、これはアシュリーの感じた断絶のプチ追体験?

冗談はさておき、そのあたりの補完の有無は別にして、著者の第二作『リバーサイドチルドレン』を早く読みたい。非常に楽しみである。


ジャカルタ滞在時に書いていたブログに、読んだ本と点数をメモしてあったのを思い出した。
http://mori17.hatenablog.com/entry/20130115/1358250873

このエントリを久しぶりに見てみたところ、
満点を5とし、

4.8
4.5
4.2
4.0
3.8
3.5
3.2
3.0
2.8
2.5

という刻みで点数をつけてあった。
今後も読んだ本と、読んで思ったこと、点数を備忘録としてエントリに上げていくことにする。

『叫びと祈り』4.2