ライター標本5・6

インドネシア帰りのかけ出しフリー編集・ライターのブログ

短期的記憶力のみが試される100点満点の試験に慣れきった視野が狭い世界から解き放ってくれる作品 - 銀の匙を読んで

読書感想文なのでネタバレあり。

『銀の匙 Silver Spoon』作者:荒川弘 版元:小学館

これは名作。素晴らしい傑作。前作「鋼の錬金術師」もおもしろかったが、個人的にはこちらのほうが圧倒的に好き。前作ですでに構成力やキャラクター造形力の素晴らしさを示していたが、それに加えて今作では取材力もあることを証明した。農業従事者の友人いわく「読んで違和感があるところはほとんどない」とのこと。

読んでいて様々な寓話性を読み取ることができるすばらしい物語だが、一番良い所を挙げるとすれば、掲題の件。日本の学校教育で図ることのできない世界を見せてくれるところだ。

主人公はいわゆる受験戦争の敗北者で、そこから逃れるために北海道のとある農業高校に入学するところから物語が始まる。授業や課外活動を通して様々な経験を得ていく、という青春学園ものなのだけれど、農業高校が舞台であるため、さまざまな農業の実習が授業で行われる。そしてその実習は当然、すべてビジネスにもつながるものでもある。


そんな農業高校でもいわゆる五教科のペーパーテストも実施される。例えば畜産業を営む家の子であるある生徒は、社会や英語などのテストで落第級の成績で、いわゆる「勉強のできる秀才」である主人公に助けを求めてくるシーンが有る。

この生徒は落ちこぼれのように描写されているが、畜産に関する知識であれば誰にも負けないようで、畜産に関するペーパーテストでは100点満点をとっていた。たまたまその学期に学んだ範囲でいえば100点しかつけることしかできないだろうが、彼は畜産というフィールドに関しては、このペーパーテストでは図り得ない知識や経験をもっているはずだ。点数で言えば1000点くらいあげてもいいはず。生まれてから実家で仕事を手伝いながら生活してきたあらゆる経験が、畜産業に関する技術や知識につながっているはずだ。

ところが、短期的記憶力と少々の忍耐力が問われるいわゆる五教科のペーパーテストで点数が良くない場合、彼は落伍者の刻印を押される。

このマンガは農業高校が舞台であるため、彼のスペシャリティは認識されていて、心の落伍者へ堕ちることはない。しかし、例えば普通の高校に通っていたとしたら。話は違うはずだ。

これに似た話は、世界に掃いて捨てるほど転がっているはずだ。何らかのスペシャリティが持っていながら、それは現在使われているテストの形式では測りきれない。機械的に落伍者の刻印を押していくシステム。それが現在の教育指導要領だ。

学校の成績悪いからって、それがどうした。ひとつのフィールドで認められないからっておちこむことはない。世界はもっと広い。

学歴だけで人間測れないだろ。

こんなことを昔から思っていた。中学校、高校と通知表は最悪だったけど、気にしたことはなかった……つもりだったんだけど、心のどこかで、拭い切れない劣等感や後悔の入り混じった何かを感じていた気がする。そんな心の隅にひっかかっていた小骨を取り除いてくれたのが、このマンガだった。

学歴のためにすべてを犠牲にするような教育を是とする人たちには届きづらいメッセージだけれど、この漫画を読んでくれればあるいは…という希望を持たせてくれるマンガ。必読。


とはいっても。

学校の成績悪いからって、それがどうした。ひとつのフィールドで認められないからっておちこむことはない。世界はもっと広い。

ということがわかっていれば、学校でいじめられただけじゃ自殺とかしないと思うんだけど、小さい頃は「学校=世界」なので仕方ない部分もある。

もし自分に子どもができたら、いろんな世界を見せてあげたい。