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ライター標本5・6

インドネシア帰りのかけ出しフリー編集・ライターのブログ

百田尚樹著『殉愛』炎上について、問われるべき「ノンフィクション」とは何かということ


読んだ。

『永遠の0』などの著者、百田尚樹氏が最近発売した、『殉愛』という作品。“ノンフィクション”として売りだされたこの本の内容は以下の通り。

関西で絶大な人気を誇る芸能人、やしきたかじん氏が今年の1月に食道がん亡くなった。亡くなるまでの2年間は、食道がんとの闘病生活をしていたのだが、極めて親しい間柄の人以外は、誰も詳細を知らなかった。百田氏が、闘病を支えたという妻のさくらさんに取材をして、誰も詳細を知らなかった、闘病中の2年間を描いた“ノンフィクション”作品だ。

経過を知りたい人はこの記事が比較的わかりやすかったような。

なんで炎上してるの?

端的に言えば、典型的な遺産相続の揉め事で、片方のみに加担したため。
これに尽きる。

やしきたかじん氏は有名芸能人であり、活動の幅広さなどを考えると相当の資産を残したと考えられる。資産家が亡くなった際のつきものといえば、遺産相続に関する揉め事だ。古来より、ミステリー小説でも、遺産相続といえば殺人事件が起こると相場が決まっているほど、揉め事がつきもの。(最近あんまり見かけないな、使い古された?)。


今回の一件では、やしきたかじん氏の闘病を支えたとされる現妻と、娘と元妻らの家族が残された資産を分け合うはず。その争いにおいて、この“ノンフィクション”作品は、現妻の方のみを取材して、片方のみに都合のいい作品に仕立てあげられている。しかも様々な関係者を悪く書くという、攻撃的な記述をしているのだが、直接あったわけでもないのに一方的な内容である。

これノンフィクションって言っていいの?

要するに、片方の言い分を丸呑みして書いた本をノンフィクションと言ってるわけですよね。結婚したことがある人はわかると思うんですが、例えば嫁と姑の争いがあったして。どちらか片方の話を鵜呑みにした場合どうなると思いますか?双方が自分に都合のいい話しかしないので、そのどちらも鵜呑みにはできず、事実はどこにあるのか…と考えるはず。

まさにその通り。

今回はそれを怠ったわけで、“ノンフィクション”といえるか非常に危ういわけです。「故人の遺志を継いで記す」と謳って発表されているのもいやらしい。

まあ何だかんだ言ってかなり売れてるっぽいので、さすが幻冬舎だなって感じ。でもこういう一方的な内容を“ノンフィクション”とか言って売ると、信ぴょう性が薄いとされるネットの飛ばし記事とかと変わらないと思うんですよね…。

「ネットなんか信ぴょう性低いから紙の本とか新聞買おうよ!」みたいなこと言う人が未だに結構いて、ぼく個人的にはは一理あると思ってます。でもこういう本をノンフィクションとか言って、売れればいい的な感じで活動するのは、信ぴょう性低いネットと変わらんよな、と残念な気持ちになりました。活動に貢献したくないので、でちらっと立ち読みした。

見城さんの本とか結構読んでて好きなんだけど、こういうやりかたは好きじゃないな〜。

あと最後に。

このツイートの人、『残酷な天使のテーゼ』などの詞を作った有名な作詞家の方らしい。的を射すぎて高速で100回くらい頷いてしまった。首痛い。

百田氏、読者からのツイッターリプライやアマゾンのレビューなどに過剰反応してるのをよく見る。自分の思い通りにならない世の中の現象すべてが気に入らないのかな。

けっこうエゴサーチしてるみたいだし、個人攻撃とかされないかな。半分楽しみ。