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ライター標本5・6

インドネシア帰りのかけ出しフリー編集・ライターのブログ

放送禁止用語無しは快感だけど、それ自体に意味はないし“おもしろさの本質”とは関係ない - ビートたけしのニコ生選挙速報を見て

年末にアップしてたんですが、なぜか下書き状態になっていたので、再投稿(0118_15)。

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ビートたけしのニコ生選挙速報キャプチャ

【寄稿】2014年バラエティは指針を失い流れてゆく。ニコ動の開票特番でビートたけしが見せた民放では見せられないおもしろさの本質 - 吉川圭三

読んだ。けっこうバズってるみたいですね。

…えーと。“おもしろさの本質”について一切の説明がないんですが。
基本的に、ニコ動礼賛テレビディスしたい人だな。のひとことで説明できる記事かと。そのくせ、昔のテレビの象徴的存在であるビートたけしを神格化していて、何をやりたいんだか本人もわからなくなっちゃったという印象。

その夜、何十年ぶりのたけし節が現在に蘇った。タイムマシンで全盛期のビートたけしが蘇って来たようだった。「もし、たけしさんが総理大臣になったら?」という質問には「まず核武装。徴兵制。吉原復活。東京湾の真ん中にヒロポン島を作り、脱法ハーブ吸い放題。原発も東京に作ろう。」・・・一時間余り速射砲のように喋るビートたけし。

これが5千文字近く費やした結果、説明したい“おもしろさの本質”なのでしょうか。要するに「昔はよかった」「おれらの時代を作ったビートたけしっておもしろいだろ、今のやつらはわかってない」みたいな懐古厨の振り返りなのかなあと。若い人も相手にしていくべき、トップがコンテンツで勝負していくと明言しているネット企業のえらい人の発言としてはどうなのかなあ。

【衆院選特番】たけし テレビじゃ言えない毒ガス全開!「たけし流の国づくり案」も披露

ぼくもこの放送見て、正直面白かったとは思う。放送禁止用語がなく、テレビなどで聞きなれない言葉が飛び交う。そしてまわりが少しうろたえている。この構図は爽快感があった。

ただ、多くの視聴者を相手になんでも言える、という事自体には何の意味もない。なんでも言える状況を使って、どのような番組を作るか、が番組の“おもしろさの本質”なのだと思う。

例えば、同じ選挙特番でも池上彰の番組作りは“おもしろさの本質”に迫った企画だったといえる。彼は「創価学会」などの、自主規制されることが多い言葉もふんだんに使うが、その言葉を使っている事自体には何の意味もない。放送局の自主規制をものともせず、なぜかタブー視され隠れた権力となっている団体に対して切り込んでいる。このことに意味があるわけで、タブーな言葉を発すること自体は“おもしろさの本質”には一切関係がない。


「池上彰特番」"終了5秒前の奇跡"を見たか? | 日本人が知らないテレビ学 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
このエントリは池上彰の選挙特番のおもしろさを、とてもうまく説明している良記事。

で、ビートたけしのニコ生選挙特番に話を戻す。

こういう社会派的なギャグは話し手の笑いのセンスと知性がモノを言う。放送禁止用語をただ喋り続ければ良いというものではない。

とブログ筆者は語っているけど、基本的には「放送禁止用語をただ喋り続け」た放送内容だった気がします。「おれらの時代を作ったビートたけしっておもしろいだろ、今のやつらはわかってない」って言われちゃうだけなんだろうな。仮に百歩譲ってこの内容がおもしろいものだとして、番組がおもしろいんじゃなくてたけしがおもしろいだけじゃん。“民放では見せられないおもしろさ”って言う割には、番組の企画自体TVタックルとかとそんなに変わらなかった気がする。

特に理由のない自主規制で放送禁止用語などが多い昨今。実現できる企画の幅はどんどん狭くなっている、という話をするテレビ業界の人は多い。特にお笑いの人とか。ただ、突拍子もないこと、禁止用語を使う、それ自体には何の意味もないんだよな〜。と思いました(小並感)。