「都知事選挙で原発が争点になるのはおかしい」っておかしくない?
今日は東京都知事選挙の投開票日。
選挙に関して何にも書いていなかったので、各所の報道や周囲の反応を見ていて気になっていた事をひとつだけ書いておきたい。
題名の通り、この一点につきる。
「都知事選挙で原発が争点になるのおかしい」っておかしくない?
原子力発電所って何のために存在しているかを考えたときに。
大きな産業と大都市の消費電力をまかなうため、って言うのが大きな要因なのは事実。
例えば福島にある原発って、福島の電力をまかなうために存在している訳ではない。
そうなると、東京都民や電力を食う産業界がどのような生活を送るかという意思決定は、原発の是非に大きく影響してくるわけで。
今後のエネルギー源をどこに求めていくのか、というのは大いに都政に絡む話である。
もちろん、即時撤廃という主張をする都知事候補にその権限はないので、争点の構成は正しいとは言えないのだけれど、原発の是非と生活のクオリティ等のバランスについては議論されてしかるべきだと思う。
またエネルギー供給先である東京都の住民がどのような望みを持っているのか、という点について、他の関連地域の住民から強い興味を持たれている。原発を受け入れている地域の人々へ、都民の民意を示す義務すらあるのかもしれない。
このような、いち地方選挙以上の様々な意味が乗っかっているのが、東京都知事選挙なのである。一部の都民からすれば、ほっといてくれ、という気持ちがあるかもしれないが、そうはいかない。
都会の便利な暮らしは、どのような環境の上に成立しているのか。少なくともこのくらいは認識した上で生活を送りたい。